産業カウンセラーが知っておきたい法律知識
コロナ禍が収まらない中、多くの働く人々がさまざまな悩みを抱え、産業カウンセラーである皆さんのもとを訪れているのではないでしょうか。クライアントに適切に相談対応するために心得ておきたい法律知識を、対話形式でお伝えします。
【登場人物】
虎さん…カウンセリングルーム開業3年目の産業カウンセラー |
◆カウンセリングの結果に不満で返金を求められたが
虎「トリさん、ちょっと相談がありまして…」
トリ「年明け早々、浮かない顔ですね。どうしましたか?」
虎「半年間、月1回のペースで、あるクライアントに、有料のカウンセリングをしていたのですが、クレームが来てしまいまして…」
トリ「どんなクレームが来たのでしょうか?」
虎「仕事のモチベーションが上がらないという主訴で、傾聴を中心にして、カウンセリングを続けてきたのです。ところが、昨日、クライアントから『半年間たっても全く効果が感じられませんでした。解約しますので料金を返してください』とメールが届きまして…」
トリ「それは参りましたね。」
虎「契約書は作っていないので、どんなときに料金を返すか決めていないのですが。こういう場合、どうなるのでしょうか?」
トリ「契約書を作っていない場合、一般的な法律である『民法』が適用されます。」
虎「え!?契約書がなくても法律が適用されるんですね。知りませんでした。」
トリ「はい、民法にはさまざまな契約類型が定められているのですが、カウンセリングの場合は、『準委任契約』が適用されます。」
◆カウンセリングの法的性質(準委任契約とは)
虎「ジュンイニン契約って何ですか? 聞いたことがないです(汗)。」
トリ「では、『委任契約』という契約名は聞いたことはありますか?」
虎「それなら聞いたことがあります。何かを依頼する、という契約でしょうか?」
トリ「はい、ここでの『委任』の中身は、『法律関係の行為』を指します。例えば、他人の代理人として売買契約や賃貸借契約を締結することです。」
虎「あ、それならイメージが湧きます。」
トリ「それでは、他人に何かを依頼するとき、その中身は常に『法律関係の行為』でしょうか?」
虎「うーん、そういうわけでもないですよね。重たい荷物を代わりに持ってもらうよう依頼するのは、『法律関係の行為』ではないでしょうし。」
トリ「そのとおりです。そこで、法律関係の行為以外の行為を、専門用語で『事実行為』と言うのですが、この事実行為を他人に依頼する場合、『委任に準じる』という意味で、『準委任契約』と呼ぶのです。」
虎「なるほど、クライアントがカウンセラーへカウンセリングという事実行為を依頼するので、準委任契約になるのですね。準委任契約を結ぶと、どうなるのですか?」
トリ「準委任契約に適用される権利や義務について、民法に幾つか定めがあります。一番重要なのは、『善管注意義務』です。」
虎「ゼンカン注意義務ってなんですか?(汗)」
トリ「民法644条で『受任者は、委任の本旨に従い、善良な管理者の注意をもって、委任事務を処理する義務を負う』と定められている義務のことです。」
虎「余計に分からなくなりました(汗)。」
トリ「確かに分かりにくいのですが、噛み砕いて言うと『依頼された内容に沿って全力で取り組んでください』ということです。虎さんの場合の善管注意義務は、『産業カウンセラーとして培った技法を活かしてクライアントの支援になるよう全力で取り組む義務』というになりますね。」
虎「もちろん、私は全力でカウンセリングに取り組みましたよ! だけど、後から効果がなかったと言われても、どう責任を取ったらいいのか…」
トリ「そこが大事なポイントです。善管注意義務は、『結果』を保証するものではなく、全力で取り組むという『プロセス』についての責任なのです。似たような契約類型に『請負契約』というものがありますが、これは、『結果』を保証するものです。」
虎「請負契約は聞いたことがあります。」
トリ「例えば、『納期までにブログの記事を書いてください』と依頼するのは、請負契約ですね。いくら『全力で取り組みましたが納期までに書けませんでした!』と言い訳しても契約違反になります。」
虎「よく理解できました。ちなみに、善管注意義務に違反するって、どんな場合でしょうか?」
トリ「例えば、二日酔いで明らかにパフォーマンスを出せない状態でカウンセリングに臨んだ場合や、〇〇療法ができると称しているのに実際にはトレーニングをほとんど受けていない場合ですね。」
虎「なるほど、身の引き締まる思いです(汗)。善管注意義務に違反すると、どうなるのですか?」
トリ「契約違反(債務不履行)となりますので、場合によっては契約解除となり、クライアントへ料金を返さなければなりません。また、契約解除でなくても、クライアントに損害が生じたのであれば、カウンセラーはクライアントに対して損害賠償をしなければなりません。」
◆法律的には返金必要なくても、それを伝えるときには相手の気持ちに配慮を
虎「厳しいのですね。今回のクライアントの件では、私は定期的に傾聴スキルアップの研修を受けて腕を磨いていますし、二日酔いで臨んだわけでもありませんし、120%の力で臨んだと自負しています。そうすると、クライアントには『善管注意義務に違反していないから料金はお返しできません』と返信すればよいのでしょうか?」
トリ「法律的には間違った内容ではありませんが、伝え方には工夫をした方がよいでしょうね。」
虎「トリさんだったら、どんな返信をしますか?」
トリ「私だったら『半年間、私なりに全力でカウンセリングに取り組んでまいりましたが、結果として〇〇様のご期待やご要望に沿えなかったことは、心苦しく思っております。返金はできませんが、〇〇様にご不快な思いをさせてしまいましたことにつきまして、お詫び申し上げます』という感じでしょうか。」
虎「え!?謝ってもいいのですか? 責任を認めたことになりませんか?」
トリ「よく『謝ったら責任を認めたことになる』と言われることがありますが、自動的にそうなるわけではありません。社交辞令の範囲内で謝罪的な文言を使ったとしても、法律的な責任を認めたことにはなりません。また、クレームに法律的に責任がないからといって、相手の気持ちを理解しようとしない対応をすると、ますます事態が悪化することがありますよね。」
虎「はい、初期対応が悪かったため、炎上したという例を聞いたことがあります。」
トリ「クレーム対応には、法的責任の有無という法律的な観点と、相手の気持ちを和らげるというコミュニケーションの観点の両方が必要と感じていますよ。」
虎「同感です! またクライアントから不満を伝えられた場合、相談させてください!」
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<文>
弁護士・産業カウンセラー
鳥飼康二