こころのレシピ
東京支部では、日常生活や仕事の中のストレスや苦難を乗り越えるための知識や工夫を産業カウンセラーの立場からお答えし、ブログで紹介することで、少しでも皆さんのお役に立てればと考えます。
第11回は、看護師・シニア産業カウンセラーとして長年産業保健に携わっている菅野由喜子さんの登場です。ぜひご一読いただければと思います。
※相談内容・相談者は、実際に寄せられている内容を加工・編集しており、実際の相談内容をそのまま掲載したものではございません。
【ご相談:Mさん・公共施設スタッフ・女性・40代】
はじめまして、私は市民が利用する公共施設で働いております。 「神経(精神的不調)からくる症状なので、持っている頓服薬を飲みたい」とのこと。体の状態は「胸がドキドキしたり、ふわふわする」というので、まずは安心できる場所で静かに過ごせるよう、救護用のベッドスペースにご案内しました。ご本人の希望もあり、上司に相談して許可を取った上で、私が40分ほど付き添いました。 その方はお薬を飲んだ後、コロナ禍によりストレスが増えたこと、ご家族の心配ごと、体調への不安などお話しされました。その後、横になって少し眠ってから「もう落ち着きました。これなら帰宅できそうです」と、自力で帰宅されました。 職場では、突発的なケガや肉体的な病気の発作などの対応はマニュアルもあり訓練されますが、精神的な不調からくる体調不良への対応は含まれていません。応急の手当をする他は、すみやかに帰宅していただくか、病院へ行っていただくか、救急車を呼ぶかのどれかです。 この時は、ご本人が頓服薬を携帯していて救急車も希望されず、私は「無理に救急車を呼ぶことは、むしろ病状に負担になるのでは」と考えました。 しかし後日、この件を知った別の上司から「命に別状がないのにずっと付き添う必要があったのか」「救急車を呼ぶか、すぐに帰宅してもらうべきだったのでは」「医師ではないのにそこまでしていいのか」と疑問の声があったと聞きました。 私は、今の職場では産業カウンセラーとして勤務しているわけではありません。「素人は滅多なことはしないほうが…」と考える上司の気持ちもわかります。それならばどうするのがよかったのか、今ももどかしさが残っています。 |
(菅野)ご相談有難うございます。
利用者の体調不良の訴えに、丁寧な対応、寄り添っている様子がとても伝わってきました。訴えに対して、すぐさま対応されたことは、利用者の安心につながったことでしょう。安静のできる場所への案内、お気持ちや身体症状への対応としても効果的だったと思います。上司にもご連絡しての対応もいい連携プレーでした。
利用者のそばに寄り添って、お話を静かにお聴きした様子、語りかけながら、次第に落ち着きを取り戻された様子、本当に安心への導きであったと感じます。利用者はご自身の状態をよくご存じのようで、頓服薬の服用で落ち着く対処も身につけているようです。それをしっかりと受け止められて、状態観察しての判断、周囲にも配慮した行動と思います。
このコロナ禍では、普通以上にお気持ちも揺らぐことがあるかもしれません。いろいろな悩みもあり、睡眠もとれない時もあるでしょう。そんな時にお話を聴いて頂き、睡眠も少しとれたようですね。傍にいることの意味は大きいです。何か状態の変化があった場合にも対処できます。今回は何事なく症状が治まり、落ち着かれてご自宅に帰られたことは本当にほっとされたのではないでしょうか。
安堵したところに、上司の方から、意外な言葉が返ってきて、それならばどうしたらよかったのかと、とてももどかしさを感じられたのですね。
「そう、大丈夫だったんだ」といった労いの言葉があればよかったのですが、「命に別状がないのにずっと付き添う必要があったのか」「救急車対応や帰宅させる」などの一般論的なお話になったようですね。
その状態を見ていない、聞いていない場合は、責任者として何かがあったらどうするのだという、リスクマネジメント的姿勢、万が一のことを心配しておっしゃったのかもしれませんが、Mさんとしては、「私の話も聞いてください」という思いを伝えたかったことでしょう。言い方や言葉かけには、双方向となるコミュニケーションを大事にしてほしいところですね。
公共施設には、ほぼ元気な方々が来所するでしょうが、時には体調不良もあります。これをきっかけに、その対処方法をスタッフの皆さんで学習されるのもよいと思います。傾聴訓練などもあります。
難しくなく「思いやる気持ちで、わかろうとして一生懸命にお聴きする姿勢」それで十分、その人の居心地のよい、安心が生まれる場になります。
そして、状態観察と記録、ホウ・レン・ソウですね。利用者のご家族がいる場合、利用者が了解しましたら、上司から状態をお伝えされるといいですね。お迎えにきて頂くことでも安心できます。
高齢者の方の状態変化は早いです。基礎疾患等の有無や普段の状態を情報共有することもよいでしょう。
また、利用者のバイタルサイン(脈拍・血圧・呼吸・体温)やパルスオキシメーターで酸素濃度を測ることもエビデンスある安心につながります。
少しでも心配に感じたときは、#7119(救急安心センター)に問い合わせると医師や看護師などの専門家が相談に応じてくれますよ。
菅野 由喜子(かんの・ゆきこ) シニア産業カウンセラー、看護師、公認心理師、協会スーパーバイザー。 1978年共同通信社入社、退社後2009年から今もワーカーズコープ入団と労働者健康安全機構の産業保健アドバイザーとして活動。2018年~20年、帝京大学産業保健高度専門職の大学院プログラム受講、今も調査研究の学びを続けている。 |